ひとひらりるれ
恋する暴君に萌のシーツを広げ散らかしたい。

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ハッピーバースデー御両人!

 へんだな、と思ったのは「ただいま」の声がずいぶん小さかったからだ。先輩は帰宅するなり、そそくさと自室にこもってしまった。
「晩御飯、食べますよね?」
「ああ、あとでもらう」
「待ってたんですけど……あ、あのお酒開けちゃいません? こないだ買った日本酒!」
「……先に呑んでてくれ」
 やっぱりへんだ。これじゃまるで、俺に顔を見せたくないみたいじゃないか?
「先輩、大学でなんかあったんですか?」
「なんもねーよ」
「なんにもないなら顔見せてください」
「はあ?」
「開けていい? 開けますね」
「こらっ! 勝手に入んな!」
 ドタドタと駆け寄る足音に先んじるべくドアノブを勢いよく引くと、ギャ!と悲鳴が上がった。しまった。
「大丈夫ですか?」
「く、クソ、森永……!」
 なんだなんだ、向こうからもドアノブを抑えているらしい。力を込めれば開きそうだとは思いつつ、先ほどの悲鳴が気にかかって無理にはできない。そう無理やりは……
「って、なんで悲鳴なんですか! まさか怪我してませんよね?」
「……っ、」
「あ、今見えましたよ! 先輩が『ギクッ』ってなってるの!」
「うるさい! んな漫画的表現やめろ!」
「もういい、開けますから手をどけてください」
「おいっ!」
 開けた瞬間、先輩が後ずさる。顔には「マズい」とはっきり書かれてあるから、何かしらの理由で戦況は開戦早々にして俺が優勢らしい――って、ケンカでもなんでもないんだけど。
 なんでだろう、毎回こんなふうになる。本気じゃないこういうのは割と楽しかったりもする……俺ってタチ悪いかな?
「さ、ワケを話してくださいよ」
 先輩はとうとう後ずさりできなくなった。ベッドにふくらはぎが当たり、それ以上引き下がれない。先輩はその場で大きくため息をつく。ついに観念というわけだ。
「……いいか、絶対、かまうなよ」
「理由によりますよ」
「じゃあ言わん」
「そんな、子どもみたいに」
「おまえは余計な真似をするから嫌なんだ」
「まだなんにも始まってませんよね!?」
 ひどい!と大袈裟に嘆いてみせると、舌打ちの末におずおずと差し出された、右手……には、包帯! 右手が、包帯で、ぐるぐる巻き!?
「ちょっと、どうしたんですか! 捻挫? まさか、骨折とか!? ど、どうしましょう、どう――あたっ! なんで!?」
「早速うるさい」
 屈み込んだ俺のあたまに、鋭いチョップがお見舞いされた。俺はその手をとってまじまじと観察する。
「左手はなんともないんですね、よかった……って、よくないですけど……」
 これじゃ実験も思うようにいかないだろう。近々発表はなかったか? 学会は? ああ、それより日常生活が大変じゃないか、利き手なんだから! それなら俺がこれから先輩の右手に……!
「ぜんぶ声に出てるからな、うっとおしい奴め。これは軽い火傷だ。すぐに処置したから大丈夫なんだよ。助手のやつらが大袈裟にしただけだ」
「火傷……薬品ですか?」
「いや、ヤカン」
 先輩は、しれっと失態を口にした。
「ヤカンって、研究室のお茶用のヤカンですか」
「ああ」
「うっかりさんですか!」
「うるさい、考え事してたんだよ!」
「あああ、俺がいたら俺が沸かして俺が美味しいお茶を淹れてあげるのに……」
「まったくだな」
 キュン、と胸が高鳴った。でしょう、そうでしょう。俺がいたならって思ったんですよね。でも、ああ、俺はひどい男です。こんなに切ない気持ちになるのに、同時に幸せも感じてしまえるなんて。
「せんぱい……」
 抱きしめたい! 今、猛烈に!
「あーあ、どなったら腹が減った」
「あ、まって……!」
 狭い廊下でぴったりマークしていた俺を恐るべきドリブルテクニックですり抜け、先輩はさっさと食卓へゴールしにいった。それでも横に座るスペースはちゃんも空けてくれるんだから心にくい。かわいい。俺はいともたやすくニコニコ笑顔を大安売り!
 キッチンからスプーンを持ち出し、るんるんと指揮棒のように動かしつつ、俺は先輩のとなりに座る。晩御飯はとっくにテーブルにセットしてあったのだ。
「はい、あーん」
「ばっかやろ、よこせ!」
「もー、これくらいさせてくださいよ〜」
「自分で食べられる!」
 照れて真っ赤になった先輩は、無傷の左手で容赦なく俺の顔面を叩こうとする。痛い、目潰しは止めて。鼻フックも。ビンタのが! マシです!
「お前の料理、どれもスプーンなら左手で食えそうなのばっかだろーが」
「チッ!」
「おい」
「骨の多い焼き魚にすればよかった」
「豆腐の和えたやつに、肉じゃが、白米。余裕だな」
「あーあー! ……無理そうなら言ってくださいね」
「わかった。おまえも食えよ」
 スプーンをひったくると、先輩は存外に器用に左手を使った。器を支えられないので、座高の低い子どもがテーブルに顔を近づけて食べているような体勢になっているけれど。まるで実験の最中のように、無言で慎重に、しかし大胆に手を進めている。俺が圧力鍋で15分もかけずに作った肉じゃがが分子レベルで解明されていきそうな、そんな真剣さがおかしい。先輩の生真面目さは、いついかなるときも発揮されるものらしい。そこが愛おしいのは確かだけれど。
「……もっと頼ってくれたらいいのに」
 文句は願望。
 先輩は一瞬うごきをとめた。けれど、すぐに食事を再開した。つまり無視だ。
「いいんです。たぶんスルーされるって分かってて、このタイミングで話してるんです。……学生のころみたいに、俺にかまわれるのはいやですか」
 ちら、と横目がこちらに向く。
「なんだったら、先輩の身の回りのお世話をぜんぶやりたい。おはようからおやすみまで」
「……介護じゃねーか」
「それはいずれ」
「はあ? いちいち大袈裟なんだよ」
「お風呂は? 髪、洗いましょうか」
 先輩はスプーンを食んだまま、しばし思案していた。無言で思案。長考に入った模様。
 そのままおじいさんになるまで考えててよ、オレのこと。
「なーんてね〜」
「だからお前は……声に出てる」
「今度は怒らないんですね」
「ふん、呆れてるだけだ」
 そう言って、先輩は豚肉を頬ばる。乱暴にするから口のはしっこに汁が垂れかかって、こちらをいたずらにソワソワさせる。全くどうしようもない俺は、体温の上昇を誤魔化すべく箸をつける。
「で、どうしてボーッとしてたんです?」
 先輩はジャガイモにスプーンを刺そうとして、失敗した。
「……別になにも」
「考えごと?」
「ちがう、余計な勘ぐりするな」
「考えたのって俺のこと?」
 カツンッ!と皿が激しく鳴って、ジャガイモは一気にぐちゃぐちゃだ。
「先輩、おかず替えてきましょうか?」
「……おまえ、何かほしいもんあるのか」
「えっ?」
「なんでもな、」
「ありますよ、欲しいもの。先輩との時間がもっと欲しい。今みたいな、なんでもない時間をもっと一緒に過ごしたい……俺、ワガママですか?」
 頬杖をついて、呆気にとられたふうな顔を眺める。こちらが笑みを深くすると、先輩の顔はじわりと赤く染まりはじめる。
「……はああ、おまえはすぐそうやって」
 ため息で赤面を誤魔化すんだ ……なあんてね。それは先輩。
「うんざりします?」
「ああ。時間が欲しいったって、おまえのほうが遅いくらいだろ普段は」
「そうなんですよね〜、だからなおさら欲しくって。神頼み、業務進行頼みですね」
 実際、この手の悩みは尽きない。サラリーマンになって短くはない年月が経ち、先輩を経済的にも支えたいと願った学生時代の夢はごく自然と叶えられてはいるものの、しあわせに慣れるとポロリと出てくるのが不満だ。お互い働き盛り、それはとても良いこと。けれど、ふたりで過ごす時間は各段に減ってしまった。嘆くことさえも、慌ただしい日常の中では忙殺してしまいそうになる。
 正直、まさか、先輩が俺のことを考えてうっかりするだなんて。怪我をしてしまったのは心痛むけれど、らしくないミスだと分かるだけに、どうにも照れが混じってうろたえてしまう。だからか、会話遊びに執心している現状だ。
「なあ」
 カチャン、とスプーンを置く音がしたので、俺は先輩をまじまじと見た。改まった話だろうか。
「そんな、抽象的なやつじゃなくて。もっと具体的なのはないのか」
 怒ってもない。ただ、真面目に問われる。
 こんなとき俺は、この人が昔からちゃんと『お兄さん』をやってきたことを知る。弟や妹の不満顔に敏感で、本心ではワガママをきいてやりたい、我慢させたくないって思っているんだとも。俺はそんな先輩を尊敬するし、同時に敵わないと感じてもいる。
 敵わない……つまり、好きでたまらないってことだ。
「なあ、なんで黙るんだ。おまえは、肝心なことは言わんから……俺が聞くしかないだろ、悪いのか」
「いえいえ、悪くないですよ。やさしいなって感動しちゃって」
 笑った俺に、先輩は眉根を寄せる。またおまえははぐらかす、とでも感じたんだろうか。
「じゃあ怒らないで聞いてくださいね。俺が先輩から欲しいもの――」

 結局、俺は先輩から箸を使う権利を譲り受け、肉じゃがの残りを食べてもらった。それに、服を脱がせ、包帯が水に濡れないように袋を被せて風呂にも入ってもらった。目をつぶってやれ、と無茶な注文を受けながら髪を洗ったし、乾かしもした。あとはまあ……パジャマのボタンをとめたり、外したりもしたかな。そのへんは秘密だ。

「疲れた……もうこれっきりだぞこんなこと……」
「今の? ゆっくりしたけどよくなかったですか?」
「ち、がっ! 食わせたり、風呂に入れたりだ! なんでもかんでも好き放題しやがって……言うんじゃなかった」
「今日は最高の誕生日でした、ありがとう先輩。火傷治ったら次は激しめの」
「くそっ、0時だ! 出てく!」
「ちょ、なんでですか朝までって!」
「うるっさい! 時間切れだ阿呆!」
「待って〜!」





(おしまい)




森永くんおたおめでした!
そして兄さん、お誕生日おめでとうございます!

森永くんが喜ぶのは兄さんに許してもらうこと、兄さんが喜ぶのは森永くんの笑顔を見ることだよな〜と思ってたらこんな話になりました。本文で兄さん祝ってない!

先月のガッシュ、その前のでもしみじみ思いました。兄さんはべらぼうに優しいですね。無限の包容力。自分に自信のない森永くんは、表面的には気難しいが中身は情にあつい、こんな人に愛されてるんだって感じるだけで勇気が湧いてくるんだろうなあと思います。温泉ではナニのほうもわきあがるだろうなって展開でしたし、早く続きが読みたいです。

読んでくださってありがとうございました。


暴走もーそーぶん : comments(5)
SS:湯けむりハニームーン

未来永劫バカ』の続きです。ずっと兄さん視点のアンサーSSを書きたいと思ってまして。正月に某所でひっそりUPしたものです。バレンタインとは無関係ですが、お時間ございましたらどうぞ。

※成人向け表現があります。







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暴走もーそーぶん : comments(5)
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